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モテずに死ねるかっ!!

-Can you die without attracting her?-

なぜ男性は女性を愛してしまうのか、単純なこと、当たり前なこと

http://www.flickr.com/photos/66706141@N00/3423701635
photo by MorkiRo

f:id:t-dicek:20140920092713p:plain恋愛を哲学的に・・・

一口に恋愛といっても、千差万別、十人十色の恋愛があります。
男性が女性を求める、逆も然りで、女性が男性を求めるということは、
時代や国境を越えて、ごく自然で永遠のテーマです。

何度挫折しても、どんな傷ついても、
いつのまにかまた新たな異性に惹きつけられていく気持ちは、
どうにも打消しようがありません。

心の傷が癒えたために、再び別の異性に向かうということもあれば、
心の傷を癒すために他の異性を求めるということもあるでしょう。
男と女は、なぜこれほどまでに引き合うのでしょうか。

ちょっと古代の神話の話から恋愛についての哲学というものを振り返ってみましょう。

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f:id:t-dicek:20140920092713p:plainかつて男と女は一心同体説!?

男と女を結びつけるエロスの力の根源を、
神話という形で説明したのは古代ギリシアの哲学者プラントです。

プラントは、かつて人間には、
 ・男性と男性とが結合したもの(=男性)
 ・女性と女性とが結合したもの(=女性)
 ・男性と女性とが結合したもの(=男女)、

という3種類があったと考えられたそうです。
(なんで3種類なんだ!?)

さらに、男性は太陽から、女性は地球から、男女は月から生成したものであるといっています。

この3種類の人間は、球に近い姿をしていました。
中心の胴体で、これは完全な球状をしています。
その上に顔が二つあり、後頭部ではりついていました。
そして球状の同体の周りに4本の手、4本の足がくっついていました。

彼らは、前にも後ろにも歩けるだけでなく、
急ごうとすれば8つの手足を支えにして球状の体を車輪のように回転させて走ることもできました。
しかし、彼らには恐ろしい程の怪力を持っているところから傲慢になり、
ついに神々に挑戦するまでに至りました。

オリンポスの神ゼウスは、このような人間に対して、危機感を持つようになりました。
でも、危険とだからといって殺してしまっては貢物が得られなくなるし、
そうかといってこのまま神に対する冒涜を見逃すわけにもいきません。

そこで人間を活かしながら、その力を弱体化する方法を考えました。
その結果、人間は真っ二つに切断されてしまったのです。

これが古代ギリシャの人間の起源です。




f:id:t-dicek:20140920092713p:plain恋愛とは失われた半身を求める行為

こうして人間の原型は切断され、直立して日本の足で歩くようになりました。
それと同時に、切断されたいずれの半身も失われた他の半身を求め、
再びこれと一体となることを切望し続けることになったのです。

恋愛とはこのような失われた自分の半身を求め、
それとの一体化を目指す試みであるということができます。

男女の半身は、永遠に異性を求めます。
同様に男性の半身は永遠に同性である男性を求め、女性の半身は永遠に同性である女性を求めます。
前者が異性愛、後者は同性愛というものです。

異性愛にしろ、同性愛にしろ、
いずれも自分の原型を取り戻そうとしているものです。

現在の大部分の人たちは異性を求めるところから、
もともとは男女が多かったと考えられます。
しかし中には異性にはまったく関心を示さない人たちがいるのも事実です。
そのような人は、異性と結婚しなくても、気心の知れた友と一生付き合えるならばそれで満足なのです。

このようにプラトンは、失われた自分の片割れを探し、
これと一体化することによって原形を取り戻そうという動きの中に、恋愛の本性を見ているのです。

確かに私たちは人を好きになると、
その人と自分の類似点を確認して喜ぶようなところがあります。
しかし、その多くはたんなる思い込みであることが多く、
恋が冷めてしまえば二人の間には異質な点がいかに多いかに気づかされるのが常です。
でも、恋愛の最中には誰もがその相手を自分の分身のように感じるものです。

失われた自分の半身を求めるという、プラトンの説よりはかなり単純化されたものが、
日本においても、欠けたところを補い合うことで男性が女性を求める説はたくさん残っております。

例えば、日本最古の歴史書「古事記」には、このような次のような一句(?)が残っています。

「吾が身は成り成りて、成り成り合わぬところ一処あり」、問へば、
「我が身は成り成りて、成り余るところ一処あり。
 故この我が身の成り余れる処を、汝が身の成り合わぬ処に刺し塞ぎて、国土生みなむさむと思ふは如何に・・・
                                    「新訂 古事記」(角川書店

日本の誕生も男性と女性が求め合った結果、というわけですが、
ちゃんと歴史署を読んでみると、なんともね。

ただ、なぜ男性が女性を求めるのか、女性が男性を求めるのか、
そういった自然なことがなぜ起こってしまうのか、昔の人も頭を悩ませていたんだなぁ、
と思う台風前夜の妄想でした。