モテずに死ねるかっ!!

-Can you die without attracting her?-

女性はどうしてトイレや給湯室で毎日ヒソヒソ話をするのか?

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photo by Niels Linneberg

f:id:t-dicek:20140920092713p:plain女性同士会話は感嘆詞ばかり?!

女性の友達同士が街で偶然ばったり顔を合わせたとしましょう。
「きゃー、久しぶり」
「きゃー、偶然」
「すごーい、こんなところで合うなんてね」
「ほんとだねー、ねぇねぇ、どこ行くの?

ほとんど感嘆詞のみで構成されたような会話に、男性である貴方は付いていけるでしょうか。

このように気心の知れた女性同士が集まると、とかくキャーキャーと見境なく盛り上がるものです。それが公共の場所であろうがお構いなし。その嬌声が周囲の人の眉をひそめさせていても目に入らないことがしばしばあります。まさに「三人よれば姦しい」のです。


男性にしてみれば、ただ久しぶりに会っただけのことなのに、なぜそんなに大げさな表現が必要なのでしょうか。なぜそんなに盛り上がることができるのかが不思議でしょう?


しかし、これが女性方の会話スタイルであり、共感のスタイルなのです。

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女性が女性と話をするということは、相手と自分お関係性をお互いに確認し合うということです、自分と相手を比べつつ、そのポジションを確認できる言葉を引き出さなくてはなりません。


ポジションを探いり合うためには、まずお互いのテンションを合わせ、同じチャンネルで話をすることが必要です。そして、そのチャンネル合わせのためには相手の反応をオウム返しにするのが一番いい方法なのです。だから、相手が「聞いた、聞いたー?」と高いテンションで話してきたなら、自分も「なになにー?」と高いテンションで受けなければなりません。女性同士の会話では、それが暗黙のルールのようになっています。


それで、周りの迷惑も顧みず、大音量で話に盛り上がるような事態になるというわけです。


このように、女性同士が集まると、そこに独特の空間が生まれるものです。

特に、女性が3人以上になると、必ずと言っていいほど、「女性だけの暗黙の了解」のものに話すような、不思議な「連帯」が生まれます。「男性には分からないわよね」「ねー」といった具合で妙なまとまりを見せ、「ひそひそ話」を始めるのです。


そして、何か男性が容易に近づけないような空気を自然に作ってしまいます。

そこには、もう男性に介入できるよちがありません。介入しようにも、「入ってきてくれるな」という空気が醸し出されています。つまり、群れをなした女性は、無意識のうちに男性が立ち入れない「見えない壁」を形成するのです。

f:id:t-dicek:20140920092713p:plain女性はなぜ連れたってトイレに行くのか?

恐らく、女性は本能的に女性だけの集まる「群れ」の中にいると安心するのでしょう。


その代表がトイレや更衣室、給湯室です。


女子トイレや更衣室、給湯室などで、何人かの女性の社員が固まってひそひそ話しているのはどこの会社でもよく見る光景です。そこには、女性だけがわかる「連帯」の空気があります。


こうした場所は、女性同士がお互いの持つ情報を交換し、関係やつながりを確認することが出来る守られた空間。つまり、公然とお互いのポジションを探り合える貴重な場所になっているのです。


特に、トイレには女性にとって一種の聖域だと言っていいでしょう。男性には単なる「排泄」の場かもしれませんが、女性にとってはコミュニケーションの場であるのはもちろん、化粧を直す場所であって、自分の体調を確認する場所でもあります。


女性はトイレの束の間の安息を得て、自分自身をリセットします。トイレは、女性がつくろわずに女性をさらけ出すことのできる、文字通りのレストルームなのです。


女性はこの休憩所で、鏡を見ながら自分の容姿を確認し、友人と語りながらお互いのポジションを確認し合います。そして、群れの中もの女性や男性の噂話に花を咲かせます。その話に加わっていないと、話題に乗り遅れたり、大切な情報を聞き逃したりする場合も多くあります。そのため、女性は、このコミュニケーションの場に「自分だけがいない」ということに大きな危機感を感じます。


だから、女性は連れたってトイレに行きます。小学生の女子は仲良しが固まってトイレに行くし、大人の女性でも、一人が「トイレに行く」と言い出すと、「私も行く」「私も」と次々に手が挙がり、「じゃあ、みんなで一緒に行こう」というようなことになります。


もちろん、トイレだけではなく、女性が固まってお昼ご飯を食べに行ったり、女性同士で示し合わせて一緒に帰ったりするのも同じ理由からです。


繰り返しになりますが、女性同士の群れ仲間から外れることは、女性に本能的不安を呼び起こします。だから、トイレもランチもみんな一緒です。女性は、女性同士の群れからはみ出したり、取り残されたりすることが怖いと感じるものです。



f:id:t-dicek:20140920092713p:plain女性同士がテレパシーでつながっている?

「群れる」ということは女性にとって特別な意味を持ちます。
女性がより集まれば、そこに連帯の空気が生まれ、男性を介入させない「見えない壁」ができ、女性同士だからこそ通じ合える「共感の輪」が生まれます。しかも、みんな同じ共感スタイルを持ち、暗黙の了解のもとに話せるから、理由を挙げたり、説明したりしなくとも「なんとなく」通じ合うことができます。


これはまるで、男性には分からないテレパシーで繋がっているようなものです。だから、女性はこの「共感」を分かち合える群れのなかにいることが、大変居心地がいいのでしょう。そして、この居心地のいい場所を失いたくないから、女性は常に群れの仲間の動向を気にしなくてはなりません。


常に隣を横目で眺め、自分のポジションや評価を確かめ、目立った行動を控えて仲間から嫌われないようにし、噂話などの情報にも注意を払わなければならないのです。

女性にとって、それはそれで大変骨の折れることなのですが、「群れ」という自分の居場所を維持し続けるためには、どうしても必要な「仕方のないこと」なのです。


ちなみに脳の中には、「ミラー・ニューロン」という神経細胞があります。これは他人の行動を見て、自分の行動をどうするのかを判断する神経細胞です。他人の行動をまねたり、思いやりや理解、道場などを示したりするのにも、この神経細胞が重要な働きをしていると言われています。つまり、人間の共感能力に深く関わっている脳細胞になります。


男性に比べて女性の方がこのニューロンが発達していると言われています。


共感を得るためには、相手が自分を映す鏡となってくれ、自分も相手を映す鏡になることが必要です。女性は、自分と同じような姿をした相手の鏡に自分が写っていると安心します。そして、自分が映っていないと不安になります。だから、本能的に同じ姿を移す群れを求め、その群れから外れないように、常に他人の鏡を覗いては自分の姿を確認しているのでしょう。

女性が女性の群れの中で生きて行くには、おそらくそうした「鏡」が不可欠なのです。女性が群れてキャーキャー騒ぐのも、お互いの鏡に互いを映し合っているのが嬉しいからなのかもしれませんね。